涙のオフコース・いわし明太子編






※いわし明太子…博多名物。頭をとったイワシの腹に明太子を詰め、焼いたもの。おいしい。


「はい、イワシメンタイコ(※)おまちどお」
 威勢のいい声とともに僕は人々の前に供される。僕のお腹にはメンタイコが詰まっていた。何それ? 何で? 意味不明意味不明意味不明。意味不明だ。告訴したい。死にたい。死んでるけど。でも死んでしまいたい。
 しかもメンタイコを詰める都合上僕の頭は切り落とされている。メンタイコを詰める都合上? どうかしてる。イワシの頭も信心……とかいうことわざになるほど立派な頭だったのだ。あれ? でもこのことわざは……イワシの頭馬鹿にされてる? そして残った体にメンタイコが詰められている。ダサすぎる。親にも見せられない。寄生虫にも注意して生活してきたのに、最期はメンタイコが詰まってイワシメンタイコ? クソ。僕の墓石にはイワシではなくイワシメンタイコと刻まれるのか? ファックファックファック。僕はこいつらの母親じゃない。付き合いもないし親戚でもない。僕は頭のてっぺん(今はもうないけど)から尻尾の先まで歴然としたイワシなのだ。鰯と書いてイワシと読む。ニシン目だ。タラとはほんとに何も関係ない。口をきいたこともない。
 海にいた頃。
 そう、なまあたたかい海水の記憶ははるかかなたに思える。僕は恋をしていた。サンゴのあけみちゃん。あけみちゃんは、「サンゴに名前なんかいらないわ」と言ったけど、僕はどうしても彼女を、僕だけの名前で呼びたかった。あけみちゃんは無性生殖だけどとても可憐で、陰影に富んだ体の色をしていた。僕がそのことを伝えると、あけみちゃんはお返しに青光りする僕の体をほめてくれた。青光りはダサくて恥ずかしいと思っていたけど、あけみちゃんがほめてくれるなら悪くない、と思った。
 僕のまわりのオスイワシたちはみんなイワシながらに屈強な青年になって、メスのヒレばかり追いかけていた。あけみちゃんは真夜中の海底で、無性生殖を行い増えていった。僕も先行きを考えなければ。そう思っていた矢先、巨大で入り組んだ網が襲いかかり、僕は海からひきあげられた。数奇な運命。一緒にいたほかのあまたのイワシも同じだった。僕らは発声器官を持たないので、無言の阿鼻叫喚が網に満ちた。そして引き上げられると、仲間たちは次々に意識を失っていった。もちろん息ができないからだ。僕は群れのなかではだいぶ長く意識を保っていたけど、そのうちに死んでしまった。彼らがどうなったのか知らない。焼き魚定食になったかもしれないし酢漬けになったかもしれない。もしかして、みんながみんなイワシタイコになったかもしれない。
 僕は僕の短い人(イワシ)生を思う。地味でちっぽけで青光りしていた僕の人(イワシ)生。楽しいことも悲しいこともあった。はあ。いいじゃないかと思う。少なくとも、生まれることもできずにイワシの腹に押し込められてしまったこのクソメンタイコよりはマシだ。
 そしして僕は酔っ払いの箸につままれて暗闇につつまれる。僕の最期は「つ」と「ま」が多いな。はあ。心して食えよ、心して。怖いのと悲しいのとで頭のなかはぐしゃぐしゃだ(頭はないんだけど)。あけみちゃん。あけみちゃん。あけみちゃんにいいことありますようにと思う。変な男に引っかかったりしませんようにと。あれ、あけみちゃん無性生殖だったんだっけ。まあいいや。とにかく死にます。僕は立派なイワシとして死にます(実は死んでるんだけど)。
 
「さよなら♪
さよなら♪
さよならァアアア〜♪」
 
 屋台のラジオからオフコースが流れはじめる。

「もうすぐ外は白い雪、愛したのは確かに君だけええ♪」

 僕は涙し(頭がないので涙できないが気分としては涙し)、見知らぬ明太子と終末を迎える。酒臭い。雪ってどんなものだろう。オーソレミオあけみちゃん。僕は生まれ変わって君に会いにいくよ。次は青光りしないものがいいな。ああ、僕の短いイワシ生。さよならさよならさよなら。





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