ブラインド・ワールド(21)






 家庭科の調理実習で使うエプロンにレースの飾りを縫い付けた。フリフリしているほうがきっと新妻らしさが出てかわいいと思った。でも、この時代の新妻たるもの、かわいいだけではダメだ。実務的で、かつキャリアも充実した女性であらねばなるまい。新妻としての自覚だけでなく、教養もあり、仕事もある女性こそが新時代の新妻にふさわしい。
「とりあえず脱げよ」
「やだルカったら、私には夫がいるんだからね」
「エプロンを脱げと言っている」
 ルカはぴくりとも眉毛を動かさずにぴしゃりと言った。
 セーラー服の上にエプロンを着て登校した理由を尋ねられたから、せっかく説明してあげたのに、ルカは分かってくれなかったらしい。フィネは文句を垂れながらエプロンを脱ぎ、丸めてかばんに突っ込んだ。
 ルカは深々とため息をつき、目頭を押さえて壁に寄りかかった。始業前の予鈴まであと三分だ。クラスメートがばらばらと教室に集まってきて挨拶を交わしている。
「もう、おまえに説教するのも疲れた。午後の発表を済ませたら、あとは好きにしてくれ」
 そんなのやだ、ととっさに言いかけたけど、別にルカに叱られないのならそれはそれでいいような気もする。だってユーヤがいるのだ。決してひとりにはならないし、それに、午後の授業が終わりさえすれば、サクラの空席だって、ことさらに意識しなくて済むようになるかもしれない。
「だいたい夫ってなんだよ。おまえ二十歳になるまで結婚できない法律、知らないの?」
「知ってるよ。でも将来的には夫なわけだし」
「それは彼氏って言うんだよ」
「そう、彼氏。彼氏ができたの」
 フィネは大いばりで胸を張った。
 冬の空を飲み込んだような瞳が、こちらを見据えた。この人はとても不思議な目をしている。改めてそう思い、フィネはまじまじとルカの目を見つめ返した。濁ったように淡いのに、刺すように冴えている。こちらを見ているようでいて、実はもっと過去の時間を見つめているように視線の先が読めない。
 ルカはすぐに興味なさそうに目をそらし「ふーん」と相鎚を打った。
「物好きがいるもんだな」
「やきもち?」
「焼くか、バカ。昼休みに配布用の資料コピーしとけよ」
 昼休みにはユーヤに今夜のご飯を尋ねるメールをしなきゃいけないの、と言いかけたけど別に同居しているわけでもなかったし今度こそルカに怒られそうだったからやめた。ユーヤの次の授業まで、あと三日間だ。週末には一緒に買い物に出かける予定もある。そうだ、私はやっぱりユーヤのことが好きなのだ。フィネは小躍りしながらロッカーにかばんを放り込み、チャイムと同時に席に着いた。





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