ブラインド・ワールド(14)






 ルカに指示され、フィネはサクラとともに必要な資料を探すことになった。ルカは図書室に備え付けられているコンピューターで役に立ちそうな本をピックアップし、それをフィネとサクラが探す。検索機は本の背表紙に付けられた整理番号を表示してくれるので、ルカはそれをメモしてフィネに手渡した。
「とりあえずこの一冊探してきて、使えそうかどうかサクラと見てきて。他にもあると思うから俺はこのまま調べてみるわ」
 フィネは手渡されたメモを右手に握り占めながら、小さくうずいた。隣に立つサクラが、見せてと言う。フィネはおそるおそるサクラに紙を渡した。
「これは一番奥の本棚ね」
 サクラはメモを見るとすぐにわかったようで、フィネの前を歩いて行った。ひょっとしてルカが図書委員だから、今までに何度も図書室を利用していたのかもしれないとフィネは思った。
 病気を知る前と知った後ではサクラが全く別の人間に見えた。自分のすぐ近くにいたはずのクラスメイトが、想像のつかないところで、フィネの生活にはとても縁のない経験をしている。そして今まさにそれはフィネの目の前で、しかしサクラだけの中で刻々と深度を増している。
 さっきまで気軽にぽんぽん出ていたサクラへの言葉が、喉につかえるばかりか、頭にも浮かんでこなくなったのをフィネは感じた。どんな気づかいをもってこの人に接すればいいのか、でも妙な同情はサクラを苦しめるだけなんじゃないか。サクラとルカを下手にくっつけてしまって、これから一体どう収集をつければいいんだろう。
 サクラの病気を知る前までは意識することもなかったクラスメイトのよそよそしい視線を感じながら、サクラの後をついて本棚の列をいくつも通り過ぎた。
「多分この列のどこかにあるわ」
 サクラが立ち止って、メモと本棚に張られた番号を見くらべる。
「ルカが待ってるから、早く探そう」
 自分はもう本の番号を覚えてしまったらしく、サクラはフィネにメモを渡した。フィネはメモの端をつまむようにして受け取った。
「うん。ルカ、もう山のように次に探す本を調べてるかも」
 フィネとサクラはしばらく無言で一心に本の列を睨んだ。歴史関係の本がまとめられた本棚らしく、古い戦争の名前や昔の地名の入った表紙が何十と視界を埋める。
「あ、あった」
 フィネは目的の本の題名を見つけて手をのばした。棚の最上の列にある本は、つま先をめいいっぱいのばさないと届かない上、左右に並ぶ本にぴったりと押さえつけられてなかなか取ることができない。
「フィネ、私が取るよ」
 フィネが苦戦しているとフィネより少しばかり背の高いサクラが横に立ち、フィネの腕に重ねるようにして手をのばした。さっきフィネが夢想していたルカとサクラを結び付けるための展開とそっくりだった。本に触れていたフィネの手に、サクラの手が重なる。
「やめて! 触らないで!」
 フィネは何を考える間もなく叫んでいた。サクラは呆然と腕を下ろし、状況を呑みこめないままにフィネを見た。フィネも次の言葉を繋ぐことができずに、サクラと同じくらい脱力して立ちつくした。
「ふざけんな!」
 ルカの怒声が響いくまで、時間の過ぎていく音が聞こえそうなほどの沈黙が二人の間を流れた。図書室は静かで、時折体育の授業をやっている校庭から聞こえる歓声も弱弱しい秋の夕日と一緒にわずかばかり、窓枠からこぼれる程度だった。
 ルカの声が止まっていた状況を動かしフィネの意識を引き戻すやいなや、サクラは駆けだした。彼はフィネとサクラが立ちつくすに至った一部始終を目にしていたらしい。
「待って」
 ほとんど掠れて意味をなさない言葉がフィネの口から滑り落ちた。フィネは緊張で固まった喉がもどかしくサクラを追って駆け出そうとしたが、後ろから捻り上げるように腕をつかまれた。ルカは自分でも探した資料を片手に持ったまま、あいた手で痕がつくほど強くフィネを押さえている。
「行ってどうするんだよ。謝って済むことなのかよ」
 ルカの声は冷めきっていた。
「病気のせいでクラスのみんなはサクラを避けてる。俺だってあいつと関わり合いになって、他のやつらに妙な目で見られるのは迷惑だ」
 フィネの少し上、息づかいが聞こえてきそうな近距離にルカの顔がある。
「でも誰も、触るななんて言わなかった」
  フィネはルカと視線を合わせることができずに、ひたすらうつむいていた。ルカがふざけんなと言いながら本気で振り降ろした分厚い本は、フィネの頭に鈍い痛みを残していた。





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